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まほろば日記 四季折々、五感を通して感じること、想い出や呟きも含めた日々の徒然日記です

アイム・ソーリー




以前旅したギリシャ・クレタ島でのエピソード。


1週間の滞在中、宿にしたのは、エーゲ海の蒼い海に面したリゾートホテル。
客の多くは朝から晩まで海辺に寝そべり、肌を小麦色に焼きながら、
時々泳ぎ、昼寝をし、ホテル内で飲食をとり、徹底的になにもしない休暇を愉しむ。


私たち夫婦も、最初の一日くらいはそんな休暇を過ごしてみたのだが、
元々が、何処に居てもじっとはしていられない性質。
さっそくレンタカーを借り、島内の探検に出かけた。


古代のクノッソス宮殿遺跡を見学したのは言うまでもなく、
観光地のみならず、埃っぽいような普通の街々、村々にもあえて彷徨いこんでみた。
皮膚感覚で現地の人々の営みの臨場感を味わいながら、
自分は今、かつての文明の交差点に立っているのだと思ったし、
地中海世界の、人間の交流の歴史の長さをそこはかとなく実感した。


飲食に関しては、ホテルで摂れば安心安全、しかも失敗がないことはわかっていたが、
それだけではなにか物足りなくなり、
自分たちで探索していくつか地元のレストランにも彷徨い込んでみた。


そのうちの一軒で、抱腹絶倒の体験をしたのである。
そこはオープンテラスつきのレストランで、清潔な感じのする、
至って普通に素敵な感じのするレストランだった。
あまり間違いがなさそう、と思ったので、
初夏の心地よい夜風に吹かれながら屋外の席でギリシャ料理を愉しもうと入店した。


ここでひとつ断っておくと、私たちは以前暮らしたドイツの街で、
家の近所のギリシャ料理のレストランには普段からよく通っていて、
店の人とも懇意だったし、ギリシャ料理には慣れていた。
だからギリシャ料理を食すことにはなんの抵抗もない。


ウエイターの男性はとても感じよく、
片言の英語だったが注文もスムーズに進み、料理を待った。
しばらくして料理が運ばれ、
いただきますといって口にした途端、
私たちは互いの目を無言で見つめ合った。


それらは、筆舌に尽くしがたいくらい、強烈に不味かったのである。
それは、食材の良しあしとか、食材の新鮮度の如何とか、
食べ慣れないスパイスが入っているとか、
そういった次元の話ではなく、
一体どうしたらこのような料理が出来上がるのだろう、と真剣に考えたくなるくらいの強烈さだった。


支払いの段になり、
さっきまで極めて紳士的に対応していたウェイターが、
急に泣き顔になって、両手を合わせながら、
“アイム・ソーリー”
”アイム・ソーリー”・・・
と何度も何度も繰り返すのである。


私たちは唖然としながらも、
不味かったから払わない、などとは言えず、
さすがにチップは弾まなかったが、
支払いを終え、店を出た。


店を出た途端、
どちらからともなく、胎の底から笑いが込み上げてきて、
夜道を歩きながら、お腹を抱えて笑い合った。
これまで、外で不味い料理に出会ったことは何度かあっても、
店の人が、”ゴメンナサイ、ゴメンナサイ”、
なんて繰り返す場面には遭遇したことがなかったので。


要するに、あのウェイターは、
提供する料理が不味いことを最初から”知っていた”のである。


一般的に西洋社会では、
自分から簡単には謝らないものなのだが、
彼の泣き顔の”アイム・ソーリー”は、
これ以降何度となく私の脳裏に蘇る。


なにかそこには、
人間の根源的な可笑しさが込められているようで、
憎めない、いやそれどころか、いまだにちょっと愛すべきエピソードなのである。


今朝は早朝から仕事ででかける主人の朝食をテーブルに並べながら、
「ねえ、突然だけど、あのクレタの”アイム・ソーリー”の男、あなた覚えてる?」と話しかけると、
主人は「もちろん、あれは忘れられないね。」と即答。


古代ギリシャ発祥と云われているオリンピック関連のニュースをテレビで見ながら、
いろいろ連想して、こんなくだらない会話で新しい1週間が始まった。


余談だが、この経験の後、
クレタ島の食の想い出を少しはマシなものにするために、
ある宝飾店で買い物をした際、支払いを済ませた後、
女性の店員に
”この近くでおススメのレストランを教えてくださいませんか?”と訊いた。
するとその女性店員は、私の横に居た主人に向かって、
”ヨア・ワイフ・イズ・ヴェリー・クレバー”とウィンクして、
紙にレストランの名前を書いてくれた。


行ってみると、そのレストランは、
こんな場所にあるの?と思うような裏通りにあり、地元の客で満席だった。
海に面した街なのに、メニューの多くは豪快な肉料理がほとんど。
そこでは滞在中、最もまともな料理を味わえて、旅の想い出に奥行きが加わった。
着席する際には、
”~~宝飾店の~~さんから訊いてこちらに来ました”と付け加えるのを忘れなかった。



アイム・ソーリー_b0362781_09575777.jpg


今朝は早朝、主人を見送った後は、カフェ・オ・レとカントゥッチで一息。



今週も穏やかな一週間でありますように。






by mahoroba-diary | 2021-06-07 11:50 | 旅の想い出